DAY9昼編 おいでよ、グランドキャニオン
ある女子中学生からの手紙
4月11日、7時半起床。またまた快晴。
前日から天気予報サイトとにらめっこしている彼によると、この日は午後までGrand Canyon(グランド・キャニオン)は晴れ、大隕石孔のあるWinslow(ウィンスロー)近くも晴れとのこと。
急いで準備し、モーテルのロビーでアイスボックスに氷をたっぷり補充し、荷物を車へ運ぶ。
と、駐車場に停めた我らがカローラの様子がおかしい・・・。後ろのボンネットに何か茶色いものがバラ撒かれている。まさかゴミ?
さすが安モーテル、「いたずらかよ」と思って近づいてみると・・・な、なんと!小石を並べて「CONGRATS U」(おめでとう)のメッセージが!!
フロントガラスのワイパーにはA4の紙が挟まっている。
読むと、どうやらメッセージの主は地元の14歳のナバホの女の子のよう。従姉妹と近くを通りかかったとき、車内のフラワーアレンジメントと「just married」(新婚ホヤホヤ)のバルーンを見つけ、結婚を祝おうとメッセージを書いてくれたようだ。
私と彼の両方にあてて新生活の注意点(「あなたは彼のお金が目当てで結婚したのではありませんよね? ツライ時もいつも笑って過ごせる家庭を・・・etc.」)と、幸せになる秘訣が紙いっぱいにびっしり書かれていた。
なんて素敵なサプライズ! こんな小粋なことを中学生がサラリとできるのは、いかにもアメリカらしい。
メッセージの最後、「P.S. I love to smoke Marijuana」(マリファナ大好き)の一文には笑ってしまったけれど、私も彼もすっかり感動。
せめてものお礼に、私たちも小石で路上に「THANK U from JAPAN」とメッセージを残し、あたたかい気持ちで出発した。
地図がない!
この日の最初の目的地は、110マイル(=約180キロ)先のGrand Canyon。言わずとしれた世界遺産の大峡谷だ。
アメリカ人にとっては一生に一度は行きたい観光名所、心の原風景らしく、日本人で言えば富士山みたいな感じだろうか?
写真やテレビで見たことはあるけど、「実際はどんな感じかなぁ」「晴れてるといいなぁ」と思いながら、Page(ペイジ)から南へ車を走らせる。
ところが・・・しばらく走って気が付いた。なんか、道が変だ。
PageからGrand Canyonに行くには、国道89号線をひたすら南下すればいいはずだ。なのに、89号線を示す標識もないし、道幅もやけに狭い。
カーナビは自信満々で「しばらく道なりです」なんてことを言ってるけど、ナビの地図を縮小してみると、え?なんか東に進んでない?
「ここはどこなんだ!?」と、この旅で愛用してきた全米道路地図で確認しようとする助手席の彼。が・・・地図が、ない。
この地図はミシュラン製で、広げると半畳ぐらい大きく見やすいけれど、折り畳めばポケットサイズの優れもの。地図も持たずにドライブの旅を始めた無謀な私たちに、アトランタで姉がくれたものだ。
リビングの壁に広げて貼ってあったのを、「なんでー?持っていくんー?」と不満げな姪っ子に心の中で謝りながら持ち出したのに。旅の途中でなくすなんて!
助手席から後部座席に身を乗り出し、一生懸命探す彼。しかし、後部座席にもドアのポケットにもダッシュボードにも、ない。
不安が募る私たちをよそに、窓の外には乾いた平野に家々が点在するのどかな風景が広がって来た。どうやら今走っている道は「ナバホ・トレイル」というらしい。
なかなか魅力的な名前だけど、今は風景を楽しむ余裕もない。私たちはKaibito(カイビート)という町で、小さなガソリンスタンドに車を停めた。
キーもない!
実は、地図がなくなったことに私は薄々気づいていた。
昨晩の過酷なドライブの末、ようやくたどり着いたPageのスーパーで地図を見ようと思ったとき、すでに見当たらなかったのだ。ひょっとして彼と運転を交代した際に落としたのかも・・・そんな不安が頭をよぎっていた。
案の定、給油で立ち寄ったガソリンスタンドで座席の下をくまなく探してみても、地図は見つからない。
アトランタでもらって以来、助手席にいる間は走行中のルートを確かめたり、行く先に思いを馳せたり、宿に着いたらその日のドライブを振り返ったり・・・一日に何度も開いたミシュランの地図。
「地図なんてスマホで見ればいいやと思っていたけど、やっぱり手元にあるといいねぇ」「通過したルートは思い出に地図に書き込もうね」なんて話してたのに・・・。
幸いカーナビ上の地図を見ると、若干の遠回りながらGrand Canyonに向かっているようだ。ええい、くよくよしても仕方ない、給油を終え「気を取り直して出発!」と思ったら・・・。
今度は車のキーが、ない。
ズボンのポケットにも、上着のポケットにも、座席の隙間にも、車の下にもない! ないないない!!!
「ひょっとしてゴミを捨てる時、うっかり一緒に捨てた!?」とゴミ箱を覗いてみるけど見当たらない。ガソリンスタンドには次々と車がやってきて、給油機の横に車を停めっぱなしの私たちを不審そうにじろじろと見る。
ああ、もうダメだ・・・ここでJAF的なロードサービスを呼んで、でも来るのに何時間もかかってGrand Canyonにも行けなくなって、大隕石孔なんて100%無理で、そもそも今晩ラスベガスのホテルに着けるかどうか、いやその前にゴミ箱をひっくり返して漁ってみるべきか・・・。
と、なかば諦めモードに入りかけたところで、後部座席に丸めて置いた上着を持ち上げてみたら、コロリと何かが転がった。
「あっ!」
・・・・・・ハイ、車のキーでした。
なんでそんなところにあったのか全くわからないけれど、地図のことに気を取られて無意識で置いたんだろう。
「まぁ、俺は何とかなると思っていたけどね」との彼の言葉が本心だったのか強がりだったのかはさておき、ホッと胸をなでおろした私たち。
スタンドに併設してあるコンビニでお手製フライドチキンを1個買い(2ドル)、仲良く分け合って食べたのだった。
(ちなみに私が「カナブの悪魔」の話を聞いたのはこの時でした)
大地の裂け目をのぞく
時間のロスはあったものの、Cameron(キャメロン)の街で州道64号線へ。
山道をうねうね登って10時半にはGrand Canyonの東側入り口「イースト・エントランス」に到着。
昨日買った年間パスをさっそく提示し、国立公園内に入る。
Grand Canyonはコロラド川を挟んでノ―スリム(北側)とサウスリム(南側)に分かれ、「これぞGrand Canyon!」な絶景を楽しめるのはサウスリム。
このため、ノ―スリムは比較的訪れる人も少なめで静かに過ごせるらしいけど、初めての私たちはメジャーなサウスリムの方を選んだ。
(※ノ―スリムはサウスリムと全然アクセスが違うので注意!)
公園内には絶景を眺められるビューポイントが点在し、車やシャトルバスで巡るのが基本スタイル。私たちはまず東端のDesert View Pointに向かって車を走らせた。樹々の間に崖のようなものが見え隠れし、おのずと期待も高まる。
そして車を停め、展望台に駆けていくと・・・。
・・・・・・もう、言葉が出なかった。
そこは大地の裂け目。吸い込まれそうな深い谷。はるか遠い眼下に青いコロラド川。
景色を見て「透明」と表現するのはおかしいかもしれない。でも、そう言いたくなるほど目の前の大空間には何もなく、何万年、何億年もの浸食のあとが折り重なった地層は、指先で触れられそうなほど近くにも、音さえ届かないほど彼方にも感じる。
予想なんてものをはるかに上回る壮大さ。
圧倒されて、私も彼も口をぽかんと開けていた。
あまりに感動したときに「心が震える」というのは本当だ。先住民族の見張り塔を模したウォッチタワーに登って峡谷を見下ろし、私は指先や耳たぶがぞわぞわ震え、全身の産毛が逆立つような興奮を覚えていた。
「水曜どうでしょう」でミスターが、Grand Canyonの絶景に息を飲み、「見ないとだめだよ、おいで」と言っていた。その通りだと私も思った。
ただ、さすがにGrand Canyonは広い。全長440キロ(!!)の敷地に、サウスリムだけでも十数か所のビューポイントがあり、そのうえポイント間は車で10分、いや20分かかることもある。
夜にラスベガスを目指す私たちの旅程では、とても回りきることはできない。ガイドマップやネット情報を頼りに、断腸の思いで訪れるポイントを残り3つに絞る。
最も標高の高いGrand View Point(約2250メートル)から、Yaki Point(無料シャトルに乗らないと崖の突端まで行けないのでメインの通り沿いに見るだけ)、ビジターセンターやお土産屋さんの近くにあるMather Point(マザーじゃなくてマーサだそうです。ずっと間違えてた・・・)へ。
それぞれのポイントには柵を設けた展望台もあるけれど、日本では考えられないことに岩場のぎりぎりまで自力で歩いても行ける。巨岩の突端に恐る恐る立ってみたり、足を投げ出して座ってみたり。
ぼーっと景色を眺めているだけで心地よく、時間がないのはわかっていても去りがたし。大きなザックを背負い、トレッキングコースに歩いていく人たちがうらやましい。
「絶対また来よう!」「今度はサウスからノースへキャンプしながら歩こう!」と話し、13時20分、後ろ髪引かれる思いでGrand Canyonをあとにした。途中で出会った大きな鹿さんたちにも別れを告げて・・・。
ガソリンもない!
さあ、次の目的地は110マイル(=約180キロ)先の大隕石孔、通称「メテオ・クレーター」だ。
山を下りると、再び目の前に大平原が広がる。頂に白雪をかぶった「ハンフリーズ・ピーク」を左手に眺めながら、久しぶりに州間高速道路I-40を東へ飛ばす。
この旅のドライブのルールのひとつとして、私たちはここまで「ガソリン残量が4分の1を切る前に必ず給油する」と決めてきた。I-40を走っていると、ちょうどその4分の1がやってきた。
スタンドのありそうな大きな街がすぐ先にある。なのに、「まぁ、高速道路だからさ、この先も出口付近に絶対あるでしょ」と彼。急いでいたせいか、高速を下りて街の中を探したくないんだろう。
確かにこの旅で高速を走っていてスタンドに困ったことなどない。「そうだね、この先、インター沿いのスタンドで入れればいいか」 深く考えず、大きな街を通り過ぎていった。
しかし、行けども行けども、どの出口にもスタンドの看板が出てこない! 思えば今日はないない尽くし・・・まさか、ガス欠!?
気持ちは焦るも、車を先に走らせるより他にない。限りなくゼロに近づくガソリンの目盛り・・・いよいよダメか? と思ったところで、大隕石孔最寄りの出口にスタンドを示すマークが一つだけある!! ホッ・・・。
巨大な穴
ガソリンも満タン、安心して大隕石孔への一本道を走る。
「水曜どうでしょう」でも紹介されていた通り、大隕石孔は遠くからでも地面が山のように盛り上がっているのがわかる。
1人18ドルの入場料を払い、メテオクレーター記念館(?)的な館内の階段をのぼっていく。この大隕石孔はなんと個人が27年かけて発掘したもので、現在も国有ではなく私有というから驚きだ。
そのためか、入場券に館内で使えるクーポンがついていたり、お土産コーナーが充実していたり、隕石について紹介する映像シアターがあったり、とても商売っ気を感じるのだが、時間がない私たちはスルーしてクレーターに直行。
クレーターは・・・非常に大きな穴だった。
5万年前に地球に落ちてきた隕石が地面をえぐりとった巨大な穴。ただそれだけで何もないのだけど、何もないからこそシンプルに迫力がある。カメラをどうやって構えてみても、アングルに収まりきらない。
iPhoneのパノラマカメラで何とか撮影。
穴の直径は1.2キロ、深さは168メートル。底の部分はサッカー場が20面も取れるほど広い。昔、アポロの宇宙飛行士が月面探査の訓練をここで行ったことを示すため、宇宙飛行士の等身大パネルが置かれていたが、豆粒ほどに小さく見えた。
お店も開いてない・・・
駆け足で30分程度だったけど、大隕石孔には大満足。
続いて目指すのは、私がずっと行きたかったハーレー・ダビッドソンのお店だ。
アメリカンバイクと言えばハーレー。ルート66と言えばハーレー。
そんなお店が、まさにルート66上にあると聞けば、行くしかないでしょう!
『キャプテン・アメリカ』のごとくフルメッキのチョッパーをガンガン吹かして・・・私自身はハーレーに乗るわけではないのだけど、100台以上のハーレーが店内にずらり並んでいるなんて、ぜひとも見たいではないか。
(※なんのことかわからない人はアメリカンニューシネマの名作『イージー・ライダー』をどうぞ!ピーター・フォンダ&デニス・ホッパー!!)
でっかい矢のオブジェが2本も地面に突き刺さっている「Twin Arrows」を通り過ぎ、I-40を西へ戻る。
大隕石孔からは55マイル(=約90キロ)。「すぐ近くだ」と思っちゃうあたり、距離感覚がかなりアメリカナイズされてきた。
お店はI-40沿いにあるらしい。Bellemont(ベルモント)という町でインターを下りて、ワクワクしながら近づいたものの・・・なぜか、ひとけがない。
まだ16時。閉店には早すぎる。まさか・・・。
車を停めて入口に駆け寄るも、そこには無情にも「Closed」の看板。なんと定休日だった。がっくり。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。ルート66と重なるI-40を走るこの日はもう一軒、彼にも行きたいお店があった。
ルート66は州間高速道路の発達で1980年代にはいったん消滅してしまったらしい。それをルート沿いに住む町の兄弟が、歴史的な道「ヒストリック・ルート」として復興させたのだ。その息子がやっている「デルガディーロの店」が、この先にあるという。
実は大隕石孔近くのガソリンスタンドにも、ルート66のグッズは結構あった。けれど、「どうせ買うなら本場で!」と言っていた彼。夕暮れも迫る中、なんとか閉店前に着きたい。
I-40を離れ、ルート66の旧道を行く。(高速道路と重ならない部分もあるのです)
小さな町Seligman(セリグマン)に着いたのは17時過ぎ。「さあ間に合うか、お店はどこだ!」と急いで探す。
ごてごてした装飾に、オールドカーの展示。ここに違いない!
しかーし、残念ながら、間に合わず・・・。
どうやら私たちが着く直前に閉まったようで、店員さんに「We are closed, ソーリー」と言われてしまった。
遠方からの観光客だとて、ここでちょっとだけ開けてあげようかな、などというおもてなし精神はアメリカ人にはない。今度は彼ががっかりする番だった。
ないない尽くしの一日が暮れ
旅も後半に入ったせいか、なんだか今日はハプニング続き。
あとは180マイル(=約290キロ)先のラスベガスを目指し、ひた走るのみ。
Kingman(キングマン)の町でI-40を下り、国道93号線を北上する。
国道とは言え、州間高速道路と比べても遜色ない広さで、走りやすい道をすいすい行く。昨日のザイオンからの帰り道が嘘のように、西の空が赤く染まっていく。夕暮れのアリゾナ州だ。
ベガスがあるのはネバダ州。遅くならないうちに着きたいけど、州境でタイムゾーンを越える。「また1時間時刻が戻れば、20時にはベガスで散策かな・・・」。だが、ここで思いもよらない “時差の謎” に私たちはぶつかることになる。
もはやそれはタイムゾーン地獄と言ってもいいほどややこしい。なんでこんな面倒くさい制度を取るのか、アメリカは。広すぎるんだー!!!!
が、盛り沢山な一日のせいでずいぶんブログが長くなってしまったので、今日はこの辺で続きは夜編へ・・・。
(のん)
この日の走行距離=470マイル
総走行距離=3820マイル
★俺から一言★
朝のお祝いメッセージ事件には本当に驚いた。はじめは、遠く日本からの新婚旅行だからお祝いしてくれたのかな?とも考えたぐらい。女子中学生もまさか我々が日本人だとは思わなかっただろう。
アトランタで義姉夫婦からのお祝いにもビックリだったけれど、新婚旅行で2回目のサプライズ。
ちなみに、義姉夫婦からもらったバルーンと花飾りは、常に後部座席の見える位置にセット。なので、ちょっとした給油や食事で駐車場に停めたりすると、「あら、ハネムーン?おめでとう!」なんて言われることもしばしば。
ホテル、レストラン、そしてドライブ中でも、「新婚」アピールのおかげでみんなが優しくしてくれた。新婚旅行で米国横断される方、バルーンと花は必須アイテム!!かも。
しかし、お気に入りの地図をなくしたのは悲しかった。あまりの落胆に2人で、「きっとカナブの悪魔からの身代わりになってくれたんだよ」と慰め合ったほど。見やすい地図も必須です。
そしてそして、グランド・キャニオン。これはもうミスターの言うとおり、「見ないとわからない」大迫力。
時間があれば、ぼーっとコーヒーでも飲みながら半日ぐらい黙って景色を見ていたいほど。実際、哲学者のように座り込んでいる人もいた。うらやましい。こちらも米国横断の旅では必ず訪れるべき場所です!
(なお)
DAY9夜編に続く。