アラスカDAY5後編 バックカントリーへ!
再び緊張が・・・
キャンプ地も決まって、ほっと一息の2人。「さて、テントでも張ってコーヒーでも飲もうかね・・・」と、そのとき。
突然、視界に何か動くものが飛び込んできた。「ん?何なに?どこ??」。一瞬身構えた。
カリブーだった。
300メートルほど向こう。川で水浴びをして遊んでいたところ、2人組の人間の闖入に驚いのだろうか。
私たちの様子を身動きせずジーっとうかがっている。
↑↑さて、どこにいるかわかるでしょうか??
クマではなくカリブーだったことに安堵。
同時に、こうやって野生の動物を近くで見られるのはデナリに来たからこそだと嬉しくなる。しかし、喜んでばかりもいられない。
バスの中から動物を「見る」のとは違い、バックカントリーの場で動物と向き合うことは、文字どおり「対峙する」ことにほかならない。
カリブーは30秒ほど私たちに視線を向けたまま動かなかったが、自然の中ではまさに1対1。(正確には1対2だけど)
「クマじゃないから、襲ってはこないだろう」とは思ったものの、人間と動物が対等の立場で存在している怖さを感じた。
スプレーやらナイフやら道具を持っているとはいえ、何かに庇護されているわけではない人間の弱さを感じる緊張の瞬間だった。
やがて、私たちにも飽きたのかカリブーも去っていったので、手早くテントを立てることにする。
クマの直撃を受けないようにと、森からはできるだけ距離を取ることに。だが、流れの速いマッキンリー川を越えることができなかったので、増水も見越して川ギリギリに設営。
森からの距離は100メートルほど。少し不安だったがやむを得ない。
のんびり過ごす以外にない
時刻は15時半。
明日の天気が崩れるかもという予報もあったので、早めに食事をして早めに就寝、早朝に出発しようと決めた。
とはいえ、暑さと緊張でドッと疲れが出ていたので、クリーク沿いで休憩。
泥の川とは違い、清流を見ているだけで心が落ち着く。足をつけてみると驚くほど冷たいが、照りつける太陽の暑さもあって冷たさも心地よい。
顔も洗い、アタマも洗いとやっているうちに、ついにパンツ一丁で飛び込むことにした。
胸までつかると死ぬほどつめたかったが、これは気持ちいい!
昨日はシャワーも浴びれなかったので、天然のお風呂だ。遠くにデナリ山を眺めながら、清流につかる。これを天国と呼ばずに何と呼ぼうか。
私の沐浴がうらやましくなったのかどうかは定かではないが、ついに彼女も下着だけでクリークに飛び込む。
何とものどかな2人だけの時間。最高のバックカントリーキャンプだ。
着替えもしてさっぱりした彼女、今度はテントでお昼寝タイム。
だが、日差しが強いせいか、寝苦しそうな様子。テントへの風通しをよくし、砂ぼこりが立たないように砂利を敷いて、打ち水もする。
デナリで打ち水をしているキャンパーも我々ぐらいだろう・・・。
持参したペットボトルの水が冷えるようにと、マッキンリー川の流れに岩を運び込んで、即席の冷蔵庫も完成。
冷たい水がまた美味しい。ビールでも冷やしておければ、これまた天国なのに・・・と川の流れを一人眺める。
飲料水問題
18時ごろから夕食の用意。計算を重ねて持参してきた飲料水だが、あまりの暑さのせいか消費量が早い。600ミリリットルのペットボトルが残り3本。
明日は最低でも2本は持って帰路につきたいので、今夜寝るまでに飲めるのはあと1本。
だが、どうにもこうにも喉が渇く。
料理やコーヒーはクリークの水を沸かして使うにしても、のどの渇きは冷たい水でいやしたい。「ええい、ままよ!」とクリークの水を手ですくって飲んでみる。
清流に見えるものの、微妙に泥が混じり込むのか、少し土の味。しかし、やっぱり冷たくて美味しい。野趣あふれる味わいだ。
それでも、「バックカントリー前編」にも書いたように、クリークや沢の水は何が混じり込んでいるのか分からず、健康被害の恐れもある。
水は余分なほど持ち運ぶのがよい。これは私たちの大きな反省点です。
夕暮れは来ないが夕食を
そろそろお腹も減ってきたので夕食の準備。
デナリ山が見えるように流木でベンチもつくり、特製ダイニングを設営!
夕食はアウトドアショップで買ってきたドライフードのカレー。お湯を沸かして入れるだけ。
本当はしっかりとした食事をつくりたい。だけど、あまり食材を焼いたりすると、においに釣られてクマがくるかも・・・という恐怖心もあり、出発時の荷物の軽量化も兼ねて主食はドライフードにしたのだった。
でも、やっぱり物足りないので、ソーセージを切って入れることにした。
串刺しでBBQにしたかったが、やっぱりクマを引き寄せないようにドライフードの中に混ぜ混ぜこむことに。うまい。
食後はもちろんコーヒー。
これだけはインスタントで済ませられないので、挽いた豆をドリップ。うまい。
特にすることもない。することと言えば、コーヒー片手にボーッとデナリ山を眺めることぐらい。
2人きり、あれやこれやでおしゃべりを楽しみ、ディナータイムも終了。夜用のコーヒーもタンブラーに入れ、いそいそと片付け。
夜の恐怖に備えて・・・
19時半。まだまだ明るいが寝る準備。クリークで歯を磨き、顔も洗い、いつでも眠れる状態に。
さて、ここからがバックカントリーキャンプの真骨頂。クマの襲撃に備えて、あれこれ最終準備。
まず、食料、調理に使った鍋、香りのするような歯磨き粉など、すべてベア缶に押し込む。さらにバックカントリーのルールではベア缶の置き場も定められている。
「テント、夕食の調理場、ベア缶は一辺100ヤード(約90メートル)の三角形になるように離して置くべし」とのこと。
テント前のマッキンリー川のせいで、正三角形ではなく微妙な二等辺三角形になってしまったが、その代わり150メートルほど離しておいた。
左下にちらりと上部が見えている黒いのがベア缶。クマさんに見つからぬよう、茂みの中に隠した。
日はまだまだ高く日差しも強いが、昼間よりはいくぶん涼しい風が吹くようになった。
食事のいい香りにクマが誘われて来る可能性も考え、テントは調理場から風上にしたかったのだが、風はきまぐれなもの。ときどき風下になる。
こんなことでは、夜通しドキドキで眠りにつけないかもしれない・・・そこで、気休めではあるが、テントの周りに「バリケード」をつくることにした。
大きな流木を拾い集め、岩の上に木を並べて簡易の柵を完成。
クマが突入してきそうな調理場とベア缶方面は、5メートルほど間隔をあけて二重のバリケードに。万全の態勢をとった。
バリケードと呼ぶには、何とも貧弱な囲い・・・クマが来たらあっさり突破するのは必至。
それでも、寝込みを襲われたとき、倒す際に音でも鳴ればクマに対処する時間が数秒でも稼げるかもしれない・・・そんなことを本気で考えた。
もしかすると人間は原始のころから、こうして外界への守りを固めるようになってきたのではないだろうか。原野でそんなことを考えた。
寝つけないけど就寝
なんだかんだで時刻も22時。
ようやく太陽も地平線に近づいてきたが、まだ日差しは強い。
明日は朝4時ごろに起きようと、テントに入り、寝袋に潜り込む。
しかし、なかなか寝付けない。もちろんクマのせい。
外が気になってしょうがないので、入り口のファスナーを開け、虫除けネットだけにして外の様子を監視することにした。
わずかな物音にも耳をすまし、ひたすら森の方向を眺めた。ときどき川の流れの音が微妙に変わったり、水や空気の抜けるような音がするたびに気になり、テントから顔を出して外を見渡した。
安心して顔を引っ込めて横になると、今後は川の流れに混じって足音のようなものが聞こえたり、何かの鳴き声のようなものが聞こえたり・・・・延々とそんなことを繰り返しているうちに、時刻は23時。
太陽もまだオレンジ色の強い光を輝かせながら、地平線をコロコロとゆっくりと動いてる。
眠っていたと思った彼女だが、同じように寝つけなかったのか起き上がった。
「夕日」にデナリ山が美しく照らされている。せっかくだから記念写真でも撮ろうかと、再びテントから顔を出す。
こんな光景、見ようと思ってもなかなか見られない。なんて贅沢なんだろう。そんな心地よい興奮とともに、2人でテントから顔を出し、記念写真。
深夜だというのに青空が広がるデナリの原野を目に焼き付け、再びテントに入る。
ようやく彼女も眠ったようで、時計を見ると24時。さすがにそろそろ寝なくては。
しかし、予想以上に夜も暑い。彼女も寝袋の中で寝苦しそうだが、明け方は冷えるだろうと思い、ファスナーを閉めてあげる。
だが、私まで寝袋に入ると、いざというとき身動きが取れないのではと思い直す。寝袋には両脚だけを入れて上半身は出し、メガネもかけたままで、ベアスプレーを右手に握る。
そして、何か物音がするたびに、テントの小窓から外を見る。
特に何も変わったことはないようだ。
マッキンリー川の流れに岩で囲った即席冷蔵庫のプールが増水し、水没しかけている。増水を見越し、寝る前にペットボトルをテント内に運んでおいて正解だった。
少しヒヤッとしたが、テントは川より一段高い場所にある。
テント設営時も、周辺の植物が水に浸かった形跡がないことも確認していたので、安心して再び横になる。
時刻は1時を過ぎた。
このまま朝まで眠らずに体を休めようかとも思ったが、だんだん考えが変わってきた。
ここまで、まんじりともせず警戒しながら2時間を過ごしたが、結局何も起きなかった。
あと2時間、ベアスプレーを握ってテントの外を見ていても、同じように2時間が経つのだろう。
警戒しても襲われるときは襲われる。
ぐっすり寝ていても襲われないときは襲われない。
開き直りなのか、はたまた神経がずぶとくなったのか。いや単に眠くなってきただけなのか。
なぜかは分からないが、急に「よし寝よう!」という気になった。
それにしても、原野の中で眠りにつくということが、これほど緊張を強いられるものとは考えたこともなかった。
野生動物も毎晩こんな夜を過ごしているのだろうか・・・気持ちが少しだけわかるような気がした。
寝袋のファスナーを首もとまで閉め、メガネを外して枕元に置いた。それでも、クマの恐怖は消えないので、ベアスプレーは最後まで握っていた。
どうかクマが来ませんように・・・そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。
(なお)
この日の走行距離=0マイル
総走行距離=465マイル
★私から一言★
キャンプ場で私たちをさんざん悩ませた蚊は川べりで風通しがいいためか、幸いほとんどいなくなって快適に食事できた。
誤算だったのは、デナリの夜が意外に暑いこと。
夜と言っても日が沈まないのだから、気温が大して下がらないのは当たり前で、外は明るいし暑いし、もちろんクマも怖いし、なかなか寝付けなかった。
ただ、クマに関して言えば、出る時は出るし、襲われたらまず勝てないし、「どうせ食べるなら2人とも食べてほしいなぁ。私1人だけ生き残るとかヤだなぁ」とか考えてるうちに私は眠りに落ちてしまった。
朝起きて聞くと、なおさんはほとんど眠れなかったらしく、「守らなきゃと思ってくれてありがとう、私は早々に諦めたのに・・・」と少々申し訳ない気持ちになったのでした。
(のん)
DAY5後編「バックカントリーへ!」はおしまい。